独自のバスケ価値観を持つブロガーの日記

日々感じていること・感じてきたことを書いています。基本的にバスケットの事を書いています。

誰かを褒めて上げることは誰かを下げていることに気づけてますか

こんにちは。

 

よく褒めることはいいことだ 的なことを言ってる方が社会にはおられますが、本当にそうなんですか? ということを書いておきます。

 

褒め方にもいろいろありますが、日本語でのコミニュケーションってかなり細かく細分化できるし、まだまだ言語も発展途上。

 

何が言いたいかって、社会はなんでも結論を出しすぎなんです。社会の言ってる事や価値観、それ本当なんですか?ってこと。

 

無意識かなにか、気づいていないかなにかは知りませんが、「安易」に人は褒めないほうがいいと僕は思いますよ。

相手との関係性もありますし、使わないほうが良いか悪いかそれはわかりません。

しかし、例えば一面として、違う誰かを「下げている」ことになり、「嫉妬」を駆り立てていることに気づけてますか?

あとは、「人を褒めれる私って素敵でしょ?」とか「俺様が褒めてやった感謝しろ!」みたいな上から目線。(人によってはモロ態度に出ている。日頃の行ないからわかる。)

褒め言葉の例だと

バスケで例えると「シュートすごくはいりますね!」「バスケ上手いじゃん!」とか

異性間のコミュニケーションだと「君、可愛いね!」「あなたかっこいいね!」とか

 

共通点は「相対的」だということ。つまりは日常様々な人を偉そうに評価しているということ。(上手い人・可愛い人・かっこいい人の逆の性質の人がいないとその発言は発信しえない。)

 

安易に人を褒めると安易に誰かを敵に回すということになる。無駄・無意味・不要な競争がおこる。

「別にそれでも構わない。それも覚悟の上だ。」というのならそれは良いと思います。

好かれたい人に好かれれば人生は幸せですからね。

 

褒めることで良い効果を及ぼすつもりならば、褒めることが短期的にも長期的にも良い効果を及ぼす場合というのもきっとあるのでしょう。

 

しかし、そういう効果ってその褒め言葉を使っている人がコントロールできるほど本当に言葉って人に使いこなせるものなんですか?無駄に年数重ねたり、人に支持されているというだけで人生悟った気になってるだけじゃないですか?実績の豊富さから自分だけはまともなことを言っているって思っていたり、有名なあの人とかが言ってたから私は間違っていないって勝手に思っているだけなんじゃないですか?

現代のありきたりな意見の一部なんじゃないですか?

 

人間て全員生まれつきみんな王様・女王様体質。

すぐ上からものをいって下に見ている人間に刷り込みをしたり馬鹿にしたりしたがる生き物。

それが本能。

 

どれだけ人間的に成長しても、本気で人に気遣うことを忘れたら未熟者と一緒。

その人の言葉は響かない。

言葉の内容とどういうつもりでその言葉を発しているか。

自己否定をやめた瞬間、人間は衰退するもの。

 

人間関係の気遣いに疲れた場合、息抜きは自分のお部屋でゆっくりとなされば良いと僕は思います。現代は監視社会みたいになってますからね。

 

今回はこのへんで。